知覧特攻平和会館

 

 

鹿児島の魅力をご紹介します#100
知覧特攻平和会館
1941年に始まった第二次世界大戦。1945年に日本の同盟国であったドイツが降伏すると、アメリカを中心とする連合軍の攻勢は日本だけに集中するようになり、日本全土が苦戦を強いられるようになりました。米軍主力が沖縄南西にある慶良間列島に上陸すると、当時
の日本政府は沖縄を本土の最前線と考えていたので、沖縄を守るために「特攻作戦」ができました。特攻作戦とは、重さ250kgの爆弾を装着した戦闘機で敵の艦船に体当たりして沈める、パイロットは必ず“死ぬ”という作戦でした。この作戦には知覧基地を始め、宮崎県の都城など九州の各地、そして当時日本が統治していた台湾など多くの基地から出発していますが、知覧基地が本土最南端だったこともあり、最も多く、全特攻戦死者1036名のうち、439名、半数近くが知覧基地から出撃しています。圧倒的な物的戦闘力に勝るアメリカの進攻を阻止する日本軍としては、兵士一人一人の精神力を武器とした特攻戦法しかないとの結論に達したのでした。知覧にある「知覧特攻平和会館」には、隊員の当時の真の姿、遺品や記録が残されていて、当時のことを深く知ることで、多くのことを感じることができます。

http://www.chiran-tokkou.jp/

写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

VISITING KAGOSHIMA 2018.05.23

寺山炭窯跡

鹿児島の魅力をご紹介します#95
寺山炭窯跡
薩摩藩主島津斉彬の集成館事業の一つである反射炉(防衛のための大砲や武器の製造)・蒸気機関などには大量の燃料が必要で、石炭が産出されない薩摩では、木炭(白炭)を作る必要がありました。材料となる樫やぶなの木などが多く茂り、水源もあり好立地であった寺山には3基炭窯が築かれ、そのうちの1基が今も残っています。炭窯は緻密な石垣が積み上げられ、高さは約2.7mほどあり、奥行きが約4mと当時の炭窯としてはとても大きく造られています。ここで焼かれた炭は火持ちが良く、高温を発し、重宝されたと言われています。

※平成27年7月5日に世界遺産一覧表に記載された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつです。

写真協力:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

VISITING KAGOSHIMA 2018.05.22

坊津の夕日

鹿児島の魅力をご紹介します#83
坊津の夕日
鹿児島市から車で90分。東シナ海に面した坊津は、風光明媚な場所です。リアス式海岸の景観が広がっており、水平線に沈む夕日とのコントラストは、鹿児島で一番美しい夕日ともいわれています。
http://www.kagoshima-kankou.com/course/51648/

VISITING KAGOSHIMA 2018.05.22

鰹節

 

鹿児島の魅力をご紹介します#99
鰹節
かつお節は、カツオを原料とした日本特有の水産加工品。鹿児島は、枕崎市と指宿市山川で全国の約7割を占める日本一の産地です。特に枕崎は、日本有数のかつおの水揚げを誇り、かつお節製造においても300年あまりの歴史があり、まさに「鰹の町」にふさわしい港町です。

カツオは春から秋にかけて黒潮に乗って日本近海を北上する回遊魚であり、古くから生食されていました。戦国時代では「勝男武士」と書いて「かつおぶし」と読めることから縁起物として重用され、江戸中期から後期にかけて本格的なかつお節製造が始まったといわれています。

カツオの頭を落とし内臓・腹皮を除いた後3枚におろし、切り分けたカツオをお湯で煮たあと余分な皮や骨を除き、整形、ばい乾(煙でいぶしながら乾燥させること)、カビ付けという工程を経て作られます。薩摩では1700年ころより今のような煮熟ばい乾を基礎とする製法で作られていますが、かつお節の製造は長年の経験や熟練した職人の技術が求められる製法であり、また本枯節などにおいては平均して約3か月、長いもので1年かけて作られています。
写真提供:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

VISITING KAGOSHIMA 2018.05.18

百合ヶ浜

鹿児島の魅力をご紹介します#98
百合ヶ浜
与論島の沖合1.5kmにあるこちらの浜は、春から夏の中潮から大潮の干潮時だけに姿を現す真っ白な砂浜です。名前の由来は、ユリのように白い砂から。星砂が見られる貴重な場所でもあります。

百合ヶ浜を訪れることができる、公式エクスカーション”奇跡の海をめぐるヨロンぶらり旅”の受付中です
https://www.2018aspac.com/excursion/

http://www.yorontou.info/spot/e000014.html

VISITING KAGOSHIMA 2018.05.18

霧島神宮

鹿児島の魅力をご紹介します#97
霧島神宮
欽明天皇の時代(6世紀)、社殿が造られたのが始まりとされる。実際は高千穂峰に対する山岳信仰から始まった神社であるとも言われている。
歴代島津氏の尊崇篤く、また、神木の杉は樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先ともいわれているなど、由緒ある神社として知られている。1866年春には坂本龍馬と妻おりょうが新婚旅行の途中で参詣したとも伝えられている。
霧島の山々に囲まれ、また天気の良い日には桜島も望むことが出来る景観を有し、また静謐な参道そして本殿などの建物(国指定重要文化財)もその由緒を物語る。

霧島神宮での参拝と和装体験が味わえる公式エクスカーション”美・食・体験に魅せられる霧島探訪の旅”只今受付中です。
https://www.2018aspac.com/excursion/

住所:霧島市霧島町田口
アクセス:JR日豊本線霧島神宮駅よりバスで10分

http://www.kirishimajingu.or.jp/

VISITING KAGOSHIMA 2018.05.18

menu
CLOSE